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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)168号 判決

原告 鈴木栄司

被告 特許庁長官

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が、昭和四十三年十月二十六日、同庁昭和三七年審判第二、二〇〇号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二本訴請求の原因

原告は、本訴請求の原因として、次のとおり、述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三十五年五月二十七日「折畳機構の改良」なる発明につき、特許出願をしたところ、昭和三十七年七月三十一日拒絶査定があつたので、同年九月二十四日審判を請求し、昭和三七年審判第二、二〇〇号事件として審理された結果、昭和四十三年十月二十六日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年十一月十三日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

1  嵌合面の一部ないし全部をテーパー嵌合とし且つ嵌合・蝶番両行程を継起的に接続した嵌合・蝶番併用型式の折畳機構に於いて、嵌合行程または更に蝶番行程の少くも夫々外端部で当該行程の外延方向へ向い当該行程を附勢する局所作動的弾発機構及び前記継起的接続部位を変換位置とする前記両行程の自動的交互一方鎖錠機構を備えた事を特徴とする折畳機構の改良。

2  前記1項に於ける蝶番、弾発、及び鎖錠の各機構が連結物体へ総べて内装された事を特徴とする折畳機構の改良。

3  前記1項または2項の折畳機構を多段式に適用し且つ各蝶番軸線を当該各嵌合軸線の垂直方向から夫々偏倚せしめ千鳥型に折畳む事を特徴とする折畳機構の改良。

三  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は原告の提出した昭和四十二年二月九日付提出の訂正明細書および出願当初の図面の記載からみて、その特許請求の範囲の1から3までに記載されている折畳機構の改良にあると認めるべきところ、右明細書および図面に徴するに、その発明の詳細な説明の項には、発明の構成および効果が、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていないから、本件出願は、特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第三十六条第四項に規定する要件を具備していないものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において違法であり、取り消されるべきものである(他の点についての違法は主張しない。)すなわち

(一)  本件審決は、前記のように本願発明の明細書および図面には、本願発明の構成および効果について、この発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に実施できる程度に記載されていないと説示している。しかし、それは、本件審判手続において、本件審決前の昭和四十一年五月二十八日付で、審判長が原告に対し本件出願について、二個の引用例(昭和十三年実用新案出願公告第一六、八一〇号公報および昭和八年実用新案出願公告第一六、八九〇号公報)を示し、右二引用例から当業者において容易に推考できる旨の拒絶理由を通知して、意見書の提出を促したこととむじゆんする。そればかりでなく、かりに、右のような手続が特許庁において、プラクテイスとして是認されているとしても、それは、特許法の精神に反するものである。

これらの事由は、本件審決を違法ならしめる瑕疵である。

(二)  本願発明の明細書および図面には、本願発明の構成および効果が、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているのに、本件審決は、誤つて、それが記載されていないと判断している。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、答弁として、次のとおり、述べた。

原告主張事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯および本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決は正当であり、原告主張のような違法事由はない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一  本願発明に関する特許庁における手続の経緯および本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

(一)  いずれも成立に争いのない甲第八号証(昭和四十一年五月二十八日付拒絶理由通知書)および甲第十二号証(昭和四十三年一月九日付拒絶理由通知書)によれば、昭和四十一年五月二十八日原告主張のとおりの拒絶理由が通知されたことおよびその後、昭和四十三年一月九日、本願発明が特許法第三十六条第四項に規定する要件を具備しないとの拒絶理由通知書が送付されたことが認められる。

右事実によると、本件審判手続の過程において、特許庁の審判官の本件出願ないし本願発明についての意見見解に変遷のあつたことが明らかである。しかしながら、同時に、上記各甲号証に成立に争いのない甲第九号証ないし第十一号証および甲第十三、十四号証をも併せて考察すると、前述のように特許庁審判官が昭和四十一年五月二十八日付で拒絶理由通知をした後、原告が同年七月二日付で意見書および手続補正書を提出し、これに対し特許庁審判官が昭和四十二年一月十二日付で原告に訂正書の差出を指令し、これに応じて原告が同年二月九日付で訂正明細書を提出したが、これにつき、特許庁審判官は、本願発明の構成および効果がこの発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されておらず、特許法第三十六条第四項に規定する要件を具備していないものとして、昭和四十三年一月九日付で再度拒絶理由を通知して、原告の意見を聞いたうえ、前述のとおり審決したものであることを認めることができる。このような事情である以上、たとえ本願発明に対する審判官の理解や判断に一見前後むじゆんするかのように見える変遷があつても致し方のないところで、この事実は審判手続ないし審決を違法ならしめるものではなく、また、このように取り扱つたからといつて、所論のように特許法の精神に反するものとはいえない。

(二)  いずれも、成立に争いのない甲第十一号証および甲第一号証添付の図面(別紙参照)にもとづいて検討すると、本願発明の構成および効果についての明細書および図面の記載は甚だしく簡略に過ぎ、とくに、本願発明の構成要件である「蝶番行程の外端部に当該行程の外延方向に向い当該行程を附勢する弾発機構」の説明について同じく、本願発明の構成要件である「嵌合行程における弾発機構」の説明の記載を以て代用し、「些少の設計変更により蝶番行程を対象とできる」としていることが認められるが、両者の作用は相違し、構成も差異があるから、前記蝶番行程に関する記載が省略されてはその内容が不明であるといえる。すなわち、嵌合行程における弾発附勢機構は、弾発附勢する回動板34は九十度しか回動しない。ところが蝶番行程における弾発附勢機構は、被嵌合体20と嵌合体22が蝶番機構により接続され、第一図から第三図のように百八十度回動して折畳まれるものであるから、これに前記嵌合行程における弾発附勢機構を使用することはできないものであり、この弾発機構の説明で、その作用が異なる蝶番行程における弾発附勢機構の説明を代用することはできない。

また、本願発明の各実施例についての記載もほとんどこれを欠くか、または粗略に過ぎることが認められ、いずれも、その構成ないし作用効果の大要がわかるにとどまり、その構成ないし作用効果について当業者がこれを容易に実施できるほどに十分な記載がされているものということはできず、右認定を左右する証拠はない。

したがつて、本願発明の明細書および図面にあつては、本願発明の詳細な説明に本願発明の構成及び効果がその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていないとした審決を違法なものということはできない。

(むすび)

二 以上説述したとおりであるから、原告主張の点における違法を前提として本件審決の取消を求める本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部高顕 石沢健 奈良次郎)

別紙

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